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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)1772号 判決 1978年2月27日

原告 甲野太郎

被告 国

右代表者法務大臣 瀬戸山三男

右指定代理人 竹内康尋

同 吉田克己

主文

本件訴のうち、別紙記載の保釈保証金没取決定に基づく検察官の執行命令による強制執行を許さないことを求める部分を却下する。

原告のその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者の求める裁判)

一  原告

1  原告の被告に対する別紙記載の保釈保証金没取決定に基づく三〇〇万円の債務が存在しないことを確認する。

2  被告は原告に対し二〇万円及びこれに対する昭和五一年一〇月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  別紙記載の保釈保証金没取決定に基づく検察官の執行命令による強制執行を許さない。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに2ないし4について仮執行の宣言。

二  被告

1  本案前の申立

主文第一、三項と同旨の判決

2  本案の申立

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決並びに請求の趣旨2、4について仮執行宣言付被告敗訴判決の場合には担保を条件とする仮執行免脱宣言。

(当事者の主張)

第一原告(請求の原因)

一  原告は弁護士であり、東京地方裁判所刑事第二一部に係属した相良光男こと李在駿に対する同庁昭和四五年(わ)第二三八〇号詐欺被告事件(以下「第一事件」という。)及びこれに追起訴となった同庁昭和四六年(わ)第八九一号詐欺被告事件(以下「第二事件」という。)並びに東京高等裁判所第一一刑事部に係属した右両事件等の控訴事件である同庁昭和四八年(う)第二六七六号詐欺被告控訴事件(以下「控訴事件」という。)につき、同人の弁護人を受任した者である。

二  李は第一事件について勾留中の昭和四五年七月一六日保釈保証金を五〇万円とする保釈許可決定を得、また第二事件について勾留中の昭和四六年一一月一二日保釈保証金を二〇〇万円とする保釈許可決定を得、それぞれそのころ右保釈金を納付して保釈された。

三  李は、前記東京地方裁判所刑事第二一部において、第一及び第二事件に他の詐欺被告事件をも併合して審判され、昭和四八年九月二五日懲役四年六月に処する旨の有罪判決を受けた。そこで、李は、右判決に対し直ちに控訴をし、あわせて右一審裁判所に保釈許可願を提出して同年一〇月二二日保釈保証金を八〇〇万円とする保釈許可決定(以下「本件保釈決定」という。)を得た。しかしながら、李は右保釈保証金が高額であるため、これを納付することができなかったので、原告は、同人の弁護人として、控訴事件の係属した東京高等裁判所第一一刑事部に対し、右保釈保証金の納付方法の変更の申立をし、昭和四九年六月二六日右保釈保証金のうち三〇〇万円を原告の差し出す保証書をもって代えることを許可する旨の決定を得た。そして李は昭和五〇年二月一日、右保釈保証金のうち五〇〇万円を納付し(うち二〇〇万円は前記二のとおり第二事件について納付した保釈保証金二〇〇万円をもって充当し、残三〇〇万円は李の妹李在連が納付することを許された。)、原告が差し出した三〇〇万円の保証書(以下「本件保証書」という。)を加えて八〇〇万円全額が納付済みとなったため、保釈された。

四  李は、控訴事件につき昭和五〇年一〇月一五日控訴棄却の判決を受け、右判決は同月三〇日確定した。ところが、李は逃亡していたため、東京高等裁判所第一一刑事部は、昭和五一年一月一四日検察官の申立に基づき、、別紙記載のとおりの内容の保釈保証金没取決定(以下「本件没取決定」という。)をした。これにより、原告は、被告に対し、本件保証書の保証金額に相当する三〇〇万円の債務(以下「本件没取債務」という。)を負担させられることになった。

五  しかしながら、本件没取決定は、次のとおりの理由により当然に無効であるから、原告が被告に対し本件没取債務を負担する理由はなく、右債務は不存在である。本件没取決定が無効である理由は以下に詳述するが、要するに、原告が李の保釈保証金八〇〇万円につき三〇〇万円の保証書を提出したのは、李の弁護人としての職務権限即ち弁護権に基づく職務行為として行ったものであるから、本件保証書に基づく三〇〇万円を原告から没取した本件没取決定は、原告が刑事訴訟法に基づいて有する弁護権を侵害する明白な違法処分であり、当然に無効である。

1 そもそも、弁護人が保釈保証金の納付に代えて保証書を提出する制度は、裁判所が裁判の権威を維持するためにこれを減額することなく固守するので、その調整を図るものとして発生したのである。換言すれば、弁護人が保証書を提出するのは、保証金決定制度における具体的正義を実現するために、弁護人が裁判に協力するための職務行為として行うのであり、弁護人の保証書による保証は、公法上の保証であって、当然にはその金額を没取されることがないものである。刑事訴訟法が保証金について「没取することができる。」と規定しているのは、このためである。したがって、弁護人が差し出した保証書による保釈保証金を没取するのには、裁判所は、事前に弁護人の意見を聴取すべきである。しかるに、東京高等裁判所第一一刑事部は、前記のとおり、弁護人である原告の意見を聞かないで、検察官の主張及び立証のみによって本件没取決定をしたのであり、これは、裁判の本旨にもとり、明白に違法であるから、本件没取決定は、当然無効である。

2 原告は、昭和四九年六月六日、李の弁護人として、本件保釈決定に定められた保釈保証金を四五〇万円以下に減額するよう請求したが、容れられなかった。そこで、原告は、やむなく保証書によって三〇〇万円の保釈保証金に代える許可を求め、前記三のとおりその旨の決定を受けたのである。右の許可決定は、本件保釈保証金を弁護人の職務執行の利益のために三〇〇万円だけ減額する趣旨と解すべきである。もっとも、主たる債務者である李から八〇〇万円を没取することは差し支えないが、弁護人として保証債務を負担した原告から奪取するのは違法であり、したがって、本件没取決定は無効である。

3 弁護人の提出した保証書による保釈保証金は、没取することができない。この法理は、確立された裁判慣行である。本件没取決定は、故意又は重過失によって右慣行に反してされた違法な処分であるから、無効である。

4 控訴審における保釈保証金は、第一審における保釈保証金にその金額の範囲内の上積みをした額とするのが確立された裁判慣行である。現に、東京地方裁判所刑事第二一部竹重誠夫裁判官は、昭和四八年一〇月一六日本件保釈申請につき、原告ら弁護人と面接をみた際、保釈保証金は一審の保釈保証金の倍額である五〇〇万円を超えない額で決定することを約束した。ところが、同裁判官は、これに反して保釈保証金を八〇〇万円とする旨の決定をした。右決定は、恣意的であると同時に、右裁判慣行に反する違法なものであり、したがって、右五〇〇万円を超えた金額について没取を命じた本件没取決定も違法である。してみると、本件は、右保釈保証金の決定の時にすでに違法であったから、東京高等裁判所第一一刑事部は、本件没取決定につき弁護人である原告の意見を聴取して裁判すべきであったのに、前記のとおり原告の意見を徴することなく本件没取決定をしたのであるから、本件没取決定は無効である。

5 本件没取決定は、証拠に基づかない裁判であるから、明白に違法な決定である。東京高等裁判所第一一刑事部は、民法における保証契約の理論を誤解し、保証人に対しては、主張及び立証の機会を与える必要がないと考えたのであるが、右は違法であり、したがって、本件没取決定は無効である。

6 被告人が無罪の判決を受けたときは、当該被告人に係る保釈保証金を没取することができないものであるところ、東京地方裁判所刑事第二一部及び東京高等裁判所第一一刑事部は、いずれも故意又は重過失によって、李が第一及び第二事件につき一見明白に無罪であるのに、違法にもこれを有罪としたのである。すなわち、東京地方裁判所刑事第二一部の竹重誠夫裁判官は、昭和四八年五月ごろ転任により同部に配属となったのであるが、第一及び第二事件ほか一件につきわずか三回の公判期日を開いただけで、四年にわたる弁護人らの無罪の主張及び立証に触れることなく、起訴状どおりの事実認定をして、李に対し有罪判決を下したのである。右判決は、第一事件については商事留置権の存在に関して、第二事件については同時履行の抗弁権の存在等に関していずれも事実を歪曲した違法な判断をしており、竹重誠夫裁判官の法律と良心に基づかない違法な独断による裁判というべきであり、李は、明白に無罪である。また、東京高等裁判所第一一刑事部においても、控訴事件につき弁護人らは、無罪の主張及び立証をしたが、同部(裁判長裁判官石田一郎、裁判官柳原嘉藤、同小林曻一)は、東京地方裁判所刑事第二一部と同様に違法な裁判をしたのであり、李は、明白に無罪である。しかし、李は、大韓民国に逃亡中であったため、右違法な控訴判決に対し上告することができず、右控訴判決は、前記三のとおり確定した。ところで、一見明白に違法な判決を前提とする没取決定によって、保釈保証金を収奪される理由はないのであるから、原告は、被告に対し、本件没取決定の効力を争う限度において、第一及び第二事件の無罪を主張及び立証することができるものである。そうすると、李は、前記のとおり一見明白に無罪であるから、李に係る保釈保証金を没取することは許されなかったのであり、したがって、本件没取決定は当然無効である。

7 保釈保証金は、被告人が公判期日に出頭することを確保するための担保であるところ、東京高等裁判所第一一刑事部は、昭和五〇年一〇月一五日李に対する控訴事件について判決を言い渡したので、これにより本件保釈決定に基づく保釈は同日失効し、その取消をすることはできなくなったのである。このように本件保釈が失効した後であり、かつ、右判決が確定した後である昭和五一年一月一四日にされた本件没取決定は、一見明白に違法な処分である。また弁護人は、各審級ごとに選任されるのであるから、原告の控訴事件における弁護人としての職務権限は、控訴事件の判決の確定によって当然に終了したのであり、原告は、李が控訴事件の確定後になってから刑の執行のために出頭しなかったことについては、なんらの責任も負うものではなく、本件保証書による保証も弁護人の職務の終了によって当然に終了したのである。したがって、控訴事件の判決確定後にされた本件没取決定は、李の逃亡につきなんらの責任もなく、また、本件保証書による保証が終了し保釈保証金の納付につきなんらの義務もない原告からその財産を違法に収奪する処分であるから一見明白に違法である。なお、李は、昭和五〇年五月末に逃亡したのであって、東京高等裁判所第一一刑事部は、同年六月二五日弁護人の申立によって右事実を十分に認識していたものである。更に、本件没取決定は、「弁護人甲野太郎」を名宛人とし、住所を記載しない決定書によってされたものであるが、決定がされた時には、原告は、李の弁護人としての職務を完全に終了していたのであるから、右弁護人の表示による処分は、一見明白に違法である。よって、いずれにしても、本件没取決定は、一見明白に違法な処分であるから、当然無効である。

8 弁護士保証においては、弁護人は、保証書によって被告人の出頭を保証するが、被告人の逃亡につき法律上なんらの責任もないのであるから、李の弁護人である原告には、李が逃亡したことにつき、本件没取決定によって三〇〇万円という高額の制裁を受ける理由が全くない。かりに、弁護士において、弁護人に保釈保証金没取の制裁を加えるのならば、弁護人において被告人に逃亡のおそれのあることを察知した場合に、弁護人に被告人の保釈取消の権利を認めるとともに、被告人が右保釈取消によって勾留された後になって、右逃亡のおそれの察知が誤りであると判明したときには、弁護人において、直ちに保釈保証金を積み増しすることなく保釈することを求めることができるとすべきであるのに、刑事訴訟法は、これについて特段の規定を置いていない。してみると、本件没取決定は、原告に対し、被告人の逃亡という原告にとって全く不可抗力である事柄を理由に多額の保証金没取の制裁を課するものであるから、明白に違法な処分であり、無効である。ちなみに、弁護人は、被告人の逃亡を完全に予防することは不可能であるから、弁護人の差し出した保証書は没取できないという前記3の裁判慣行は、当然の事理を認めたものである。

9 弁護士保証という裁判慣行による保証書の提出を理由に没取決定をすることは、弁護人の正当な職務権限の執行に対し没取という不当な制裁を加えるものであるから、許されない。保釈保証金の納付に関して弁護人のする保証と被告人の親族、友人等のする保証とは、本質的に異なるものである。後者の保証は、被告人の親族等が被告人のために保釈保証金の納付につき被告人と右保証人間の民法上の保証契約に基づいてするものであるから、被告人の納付する保証金と同一に取り扱って差し支えないものである。本件没取決定についても、原告は、弁護人として昭和四六年一一月一二日に納付した保釈保証金二〇〇万円については、特に異議を申し立てていない。右二〇〇万円は、原告が被告人から受け取って、弁護人名義で納付した保証金であるからである。ところが、原告は、李から、本件保証書を提出するについてはもちろん、控訴事件について弁護士報酬を全く受け取っていないのである。したがって、本件没取決定による制裁には、全く服従することができないのである。東京高等裁判所第一一刑事部は、法定されていない弁護士保証という裁判慣行を正当に許可したのに、李の逃亡によって、弁護人である原告から裁判慣行に反して本件没取決定により三〇〇万円を収奪することとしたのは、明白に違法な行為であり、本件没取決定は無効である。

六  東京高等検察庁検察事務官は、同庁検察官の命令により昭和五一年三月二日本件没取決定に基づき原告に対し、本件没取金三〇〇万円を納付するよう告知した。これに対し、原告は、同年一〇月三〇日その一部である二〇万円を被告に納付した。

しかしながら、前記五のとおり本件没取決定は無効であるから、原告には、これに基づく没取金納付義務はなく、したがって、被告は、右二〇万円を不当に利得し、原告は同額の損害を被った。

七  本件没取決定は前記五のとおり無効であるから、これに基づく検察官の執行命令は、債務名義としての効力を有しないものであるが、右執行命令は、次の理由によっても執行力を有しない。

1 本件没取決定は、被告人である李に送達されていない。したがって、主たる債務がその効力を発生していないのであるから、従たる債務者である原告に対する本件没取決定による債権債務も当然に効力を生じないものである。そうである以上、本件没取決定の執行命令もその効力を生じない。

2 本件没取決定には、原告の住所が表示されていないが住所は、裁判書の必要的記載事項であり、これが欠落している本件没取決定は、原告に対して効力を生じない。したがって、いずれにせよ、これに基づく執行命今もその効力を生じないものである。

3 本件没取決定は、弁護人甲野太郎を名宛人としているが、原告は、前記五7で述べたとおり、昭和五〇年一〇月三〇日控訴事件に対する判決の確定によって李の弁護人としての職務を終了したのである。したがって、弁護人としての職務権限のない原告に対してされた本件没取決定は、当然無効であり、これに基づく執行命令もその効力を生じないものである。

八  よって、原告は、本件没取決定に基づく原告の被告に対する三〇〇万円の債務が存在しないことの確認と被告に対し前記六の不当利得金の返還として二〇万円及びこれに対する利得の日の翌日である昭和五一年一〇月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による法定利息の支払を求めるとともに、本件没取決定に基づき東京高等検察庁検察官が原告に対してする執行命令による強制執行を許さない旨の裁判を求める。

第二被告(認否及び主張)

一  本案前の申立の理由

原告の請求の趣旨3についての訴は、請求異議の訴と解されるところ、保釈保証金没取決定に基づく検察官の納付命令は、民事訴訟法にいう債務名義ではなく、執行の便宜のために債務名義と同一の効力を与え、かつ、その執行については民事訴訟に関する規定を準用することとしている(刑事訴訟法四九〇条一、二項)にすぎず、その給付義務の存在及び範囲を争うには刑事訴訟法所定の不服申立方法によるべきであって、請求異議の訴は許されないというべきである。したがって、本件訴のうち右部分は不適法であるから却下を免れない。

二  請求の原因に対する認否

1 請求の原因一ないし四は認める。

2 同五の前文、1、3、5及び8は、すべて争う。

3 同五、2のうち、原告主張のとおり保釈保証金の減額請求がされたこと及び原告主張の許可決定のあったことは認めるが、その余は争う。

4 同五、4のうち、原告主張の保釈保証金を八〇〇万円とする旨の決定のあったことは認めるが、その余は争う。

5 同五、6のうち、原告主張の判決が確定したことは認めるが、その余は争う。

6 同五、7のうち、弁護人が原則として各審級ごとに選任されるものであること、李が逃亡したことは認める。李が逃亡した時期は不知。その余は争う。

7 同五、9のうち、本件没取決定について、原告が弁護人名義で原告主張の日時に納付した保釈保証金二〇〇万円については異議の申立をしていないことは認める。右二〇〇万円が原告が李から受け取って弁護人名義で納付したものであることは不知。その余は争う。

8 同六のうち、前段の事実は認めるが、後段の主張は争う。

9 同七は争う。なお、同七2について、本件没取決定に原告の住所の表示をする必要はないものである。

10 同八は争う。

三  被告の主張

1 およそ裁判は、民事裁判であれ刑事裁判であれこれを不服として争うには上訴の手続によるべきである。終局的な裁判に対して上訴することなくこれが確定した場合及び上訴の手続によるも不服申立が認められずに原裁判が最終的に確定し、法律上更に上訴する余地がなくなった場合には、再審・非常上告等により原裁判が変更されないかぎり当該訴訟の当事者は、もはや他の訴訟手続においても原裁判の違法を主張することは許されないものというべきである。

ところで、原告は東京高等裁判所に対し、昭和五一年四月一日本件没取決定のうち本件保証書に関する部分について、また同年五月二九日本件没取決定について、相次いで異議の申立をしたが、前者については同年五月四日、後者については同年六月一七日、いずれも同裁判所第一二刑事部において右異議申立を棄却する旨の決定を受けた。原告は、同年六月一七日の右決定について同月二二日最高裁判所に対し特別抗告の申立をしたが、同年七月一九日最高裁判所第一小法廷において右特別抗告を棄却され、なお同月二八日右棄却決定に対し異議の申立をしたが、これもまた同年八月三〇日棄却する旨決定された。

したがって、本件没取決定は、原告においては刑事訴訟法上認められているすべての不服申立の手段を尽くしたうえで、違法でないことが終局的に確定したものであって、原告が本訴においてその違法・無効を主張することは許されない。

2 原告は、裁判所が弁護人の意見を聞かないで検察官の主張・立証だけで没取決定をしていること、あるいは、この決定は実刑判決言渡し後保釈が失効し、更には右判決の確定後にされていること等の理由を挙げて本件没取決定は無効であると主張している。しかしながら、元来、保釈保証金は、逃亡等所定の場合には没取の制裁があることによって保釈中の者に心理的な強制を加え、公判廷への出頭及び適正な裁判の遂行を確保し、更に禁錮以上の実刑判決確定後はその刑の執行を担保するためのものである。したがって、本件の場合のように、保釈を許された者が禁錮以上の実刑判決を受け、その確定後に刑の執行のため呼出を受けながら正当な理由なく出頭せずあるいは逃亡したときは、刑訴法九六条三項によりその保証金の全部又は一部を没取しなければならないのであって、この場合に裁判所は、訴訟関係人の意見を聞くべき旨の特別の定めがないから、法律上必ずしも検察官・弁護人の意見を聞かなければならないものではない。本件没取決定に当たり裁判所が原告の意見を聞かなかったことをもって本件没取決定が原告主張のごとく違法無効の裁判であるといえないことは当然である。

3 なお、本件没取決定謄本は、本件保釈保証書提出者である原告に対しては昭和五一年一月二〇日執行官により送達し、被告人である李に対しては執行官による送達を試みたが、同人は昭和五〇年四、五月ごろ韓国に帰ったという理由で送達不能となったため、昭和五一年一月二三日午前一一時同人の制限住居である東京都渋谷区大山町二六―一二コープ代々木大山二〇二号あてに書留郵便に付して送達を行った。

第三原告(被告の主張に対して)

一  被告の本案前の主張に対する反論

本訴請求は、請求異議の訴であるが、被告は、本訴の当事者となる機関と本件没取決定を執行する機関とを異にして組織しているため、右執行機関に対し本訴請求の趣旨1、2の訴の提起により執行をすべきではないことを認知させ、これを停止させるために本訴請求の趣旨3の訴を提起する必要がある。このような訴を許ないとすれば、執行官は、独立して執行手続を続行し、民事訴訟法による強制執行をするおそれがある。

二  第二の三の被告の主張に対する認否

1の中段掲記の原告の不服申立に関する事実及び3の事実は認め、その余の主張は争う。

(証拠)《省略》

理由

一  まず、本訴請求のうち、検察官による本件没取決定の執行命令について、その執行力の排除を求める部分の訴の適法性について判断する。

右請求部分が、本件保釈保証金没取決定の違法、無効又は効力不発生を理由として、民事訴訟法に基づいて提起された請求異議の訴であることは、原告の主張自体により明らかである。ところで、刑事訴訟法四九〇条によれば、検察官のする執行命令は、執行力のある債務名義と同一の効力を有し、その執行については、民事訴訟に関する法令の規定を準用することとされている。しかしながら、この場合の執行は、私法上の請求権を実現させるためのものではなく、また、右命令に対しては、刑事訴訟法五〇二条によりその前提である裁判をした裁判所に異議の申立をすることができ、更に、その申立についてした決定に対しては、同法五〇四条によって即時抗告をすることができるのであるから、右命令についての不服申立は当然に同法所定の手続によるべきであって、その執行については、少くとも債務名義の執行力の排除に関する民事訴訟法上の規定は準用されないものと解するのが相当である。

よって右請求部分は、不適法な訴であることが明らかであるから、異議事由について判断するまでもなく訴を却下すべきである。

二  次に、本件没取債務不存在確認請求及び不当利得返還請求部分について判断する。

1  請求原因事実のうち、一ないし四の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

2  原告の右各請求部分は、本件没取決定の無効を前提とするものであるが、保釈保証金没取決定は、保釈保証金納付者の国に対する保証金若しくはこれに代わる保証書等の還付請求権を消滅させる裁判上の処分であり、保証書が差し出されている場合には、保証書の差出人に対し保証書記載の保証金額を国に納付する債務を負担させる効果をともなうものであって、裁判の一種である。したがって、一たんこれが外部的に成立すれば、抗告、異議申立等訴訟法規に定められた不服申立方法によるほかは、原則として何人もその効力を争うことはできなくなるものである。

ところで、保釈保証金没取決定は、被告人に対する告知によって外部的に成立するものであるところ、被告の主張3の事実は当事者間に争いがなく、右事実によれば、本件没取決定の謄本は被告人に対してはもとより、なお原告に対しても、適法に送達されていることが明らかである。したがって、本件没取決定は、外部的に成立しているものである。のみならず、原告が被告の主張1のとおり本件没取決定について二度にわたり異議申立をし、更に特別抗告等の不服申立手続を経たことは当事者間に争いがない。右事実によれば、原告は、本件没取決定について所定の不服申立の手段を尽くし、もはやこれを争うことが不可能となったのであるから、本件没取決定は、外部的に成立したというに留まらず、すでに内容について争いえないという意味において確定しているというべきである。

したがって、先に述べたところに照らして、本件没取決定は、原則として何人もその効力を争いえないものとなっていることが明らかである。

3  原告は、それにもかかわらず、本件没取決定の無効を主張するので、そのような主張の許される事由の有無について検討することとするが、いやしくも裁判の無効をいう以上は、内容又は形式においてそれを無効としなければ著しく正義公平に反するほどに重大な瑕疵があり、しかも、その瑕疵が何人にも明白で全く争う余地のないものであるというような極限された例外的な事由がなければならないことはもとよりである。

(一)  請求の原因五1、4について

保釈保証金の趣旨・目的は被告の主張2で触れられているとおりであり、被告人以外の者が保釈保証書を差し出すのも同じ趣旨・目的により行われることであり、しかも、その者においても当該保釈保証金没取決定に対し不服の申立をすることができるのである(最高裁昭和四三年六月一二日大法廷決定・刑集二二巻六号四六二ページ参照)。したがって、保証金没取の前提となる実体条件が具備する以上、没取決定をするについて保証書提出者の意見を聞かなければ正義公平の理念に反するとは考えられない。本件没取決定について原告の主張するようにあらかじめその意見を聞かなかったからといって、それを違法とすべき根拠はなく、まして本件没取決定の当然無効を招来すべきいわれのないことは右説示に照らして明らかであり、この点に関する原告の主張は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

(二)  同五3について

原告の主張するような裁判慣行は、むしろ存在しないことが当裁判所に顕著であり、まして本件没取決定の無効事由に結びつきうる事柄ではない。

(三)  同五5について

原告は、本件没取決定が証拠に基づかない違法な裁判であると主張するが、このような違法は没取の前提となる事実認定に関するものであるから本件没取決定に対する不服申立手続で争うべき事柄であり、同決定の当然無効を招来すべき事由とはならない。

(四)  その余の無効事由について

本件没取決定につき原告が請求の原因五において主張するその余の無効事由は、すでに確定している第一及び第二事件の有罪判決を攻撃するものであったり、本件没取決定の当・不当の問題であったり、そのほか原告の独自の見解の表明であり、これを是認することはとうていできず、いずれも失当である。

4  よって、原告の本訴請求のうち本件没取債務の不存在確認を請求する部分及び不当利得金二〇万円の返還を請求する部分は、その余の点について判断するまでもなくすべて失当であり、棄却すべきである。

三  以上のとおりであるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥平守男 裁判官 太田幸夫 東松文雄)

<以下省略>

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